070「やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい」という言葉の精神神経科学的見解

先日、とある会で27歳前後の若者に向けてお話しをさせていただく機会がありました。27歳と言うと、学部卒なら社会人になって5年、修士卒なら3年と、そろそろ転職を考える時期です。大手志向で入社した会社にも慣れ「その仕事が自分に合っているか?」とか「その仕事に社会的意義はあるか?」とか「この会社に将来性はあるか?」などと考える時期でしょう。年配の方からすれば「3年くらい働いただけで何が判るか!」とお叱りを受けそうですが、僕も若い頃は同様に考えていました。

 

そんな若者を前に、お話しさせて頂いた内容が「やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい」と言うお話しでした。しかし、シンプルに「目新しいことにチャレンジしてください」と言うお話しではありません。

 

「違う業界に行きたい!」とか「違う会社に行きたい!」と考えると、どうしても、ポジティブな情報ばかりを集めてしまいます。これは、以前「037 SNSでイデオロギーを語ることはタブーではないですか?」でも書いた「確証バイアス(Confirmation bias)」という心理バイアスが生じるためです。この確証バイアスとは、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことを言います。この確証バイアスは無意識領域に於いてひとの判断に影響を与えるので「やって後悔する方がいい」と考えてしまいがちです。

 

さらに、ボストン大学のリサ アベンドロス博士も「やらない後悔より、やった後悔の方が心の傷は小さい」とある実験結果から明らかにしました。その実験とは、アフリカ旅行に出かけた人に、お土産を買った時と、買わなかった時の心情を日記に書いてもらうと言うものでした。その実験結果によると、買った時は「なぜこんなお土産を買ってしまったのだろう?」と後悔し、買わなかったときは「買っておけば良かった」と後悔するのは一緒だが、後者の方が日記への記載が顕著だったそうです。その結果から「迷ったら行動したほうがいい」と結論づけました。

 

これらのことから、結果に関わらず人は無意識に「やって後悔する方がいい」と言う選択を選びやすいと言えます。では、そのような状況を回避するためにはどうすれば良いのか?その方法は「クリティカルに思考する」と言うことです。MBAで学ぶ「クリティカル シンキング(critical thinking,批判的思考)が、それです。

 

アメリカ心理学会(APA)の元会長であり、 ケック大学院大学の社会科学の学部長であるダイアン F ハルパーン教授(Diane F. Halpern)は「批判とはあら探しではなく、理想的には思考過程を改善するための情報の提供をも意味し、批判的思考とは、複雑な判断、分析、統合、また省察的な思考や自己モニタリングを含み、文脈に敏感な高次元の思考技能」(道田 2001)*1と論じています。

 

さらに、琉球大学教育学部 道田泰司教授は「批判的思考とは、批判的な態度・懐疑によって触発され、創造的思考や領域固有の知識にサポートされる論理的な合理的思考である」*1と定義づけています。

 

つまり、肯定的でも否定的でもない情報をたくさん集めることにより、高次元の思考ができるとも解釈できます。言い換えれば、違う会社や業界に進みたいと思ったときは、なんとなくじゃなく、あっちの方がよさそうだからでもなく、とことん調べて、もうこれ以上調べる方法がないと言うレベルまで突き詰めた上で、決断をするべきだと言うことです。

 

自分の運命なんて誰にも判らない。僕自身自分の人生を振り返ると「計画的に生きて来た」とは到底言えません。だからこそ、未来ある若者には、今やれることを精一杯やって欲しいと思います。でも、彼らが後悔のない人生を歩んでくれることを強く祈念します。

 

*1:道田泰司「批判的思考の諸概念 人はそれを何だと考えているか?」、『琉球大学教育学部紀要』第59号、琉球大学教育学部、2001年9月、 109-127頁、 ISSN 1345-3319

 

クリティカル シンキング