124 PCで記録をとり「手書き」で整理することでビジネスや勉強の効率は上がります。
五感という言葉は、皆さんご存知の通り、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚 をいいますが、生理学的には「触覚」≒「体性感覚」は決して単純に皮膚の感覚を脳に伝えるものなどではなく、表在感覚(触覚、痛覚、温度覚)、深部覚(圧覚、位置覚、振動覚など)、皮質性感覚(二点識別覚、立体識別能力など)など、細かく分類すれば20以上あるといわれています。
その体性感覚を掌る感覚器官が多ければ多いほど記憶は強化されやすく、長期間に渡って残りやすいといわれています。たとえば本の内容を暗記する場合、視覚を使うだけの黙読よりも、視覚と聴覚を働かせて音読した方が確実に記憶できたり、さらに記憶を強固にするためには、本の内容を音読しながら紙に写すほうが、視覚と聴覚に加え触覚を働かせていることにより、より記憶できます。ビジネス的な例でいうと、写真だけで見た商品よりも、実際に見たり触れたりした商品の方が、より記憶として鮮明になります。
このことを裏付るようなレポートが、2016年4月6日 のThe Wall Street Journalで発表されました。タイトルは『Can Handwriting Make You Smarter?(「手書き」で賢くくなれるか?)』です。そのレポートによると、心理学者であるプリンストン大学のパム A ミュラー(Pam A. Mueller)教授とUCLAのダニエル オッペンハイマー(Daniel Oppenheimer)教授らの研究により「タイピングより手書きでノートを取る学生の方が総じて成績が良い」ということが判明したそうです。同様にノートの取り方を比較した別の研究者の実験でも、タイピングよりも手で書く人の方が飲み込みが良く、情報を長く記憶し、新しいアイデアを理解するのにも良いことが分かりました。
また、ネブラスカ大学リンカーン校で教育心理学を専門とするケネス キウラ氏は「手書きメモの方がタイピングよりも自分の考えをうまく表現できる」と論じさらに、古代の書記官が初めて葦(あし)ペンを手にしてパピルスに文字を記して以降、筆記は学習の効果を高める役割を果たしてきた。見聞きしたものを信頼できる記録として残し、後の研究や回想に役立てられたからであり、実際、何かを書き留めると脳を活性化させることが脳画像検査で示されていると論じました。
と、ここまでなら目新しさは感じませんが、特記したいのはここからです。米セントルイスにあるワシントン大学の研究者らが、2012年に学生80人を対象に実施した実験で講義の直後にテストを実施したところ、PCでノートを取っていた学生の方が、手書きの学生よりも講義で話された事実を多く思い出し、点数がやや高かったという結果だったそうです。PCで授業のノートを取る学生は鉛筆やペンを走らせる学生よりも多くの量を記録し、容易に講義についていける場合が多く、PCを使う大学生はおよそ1分間に約33ワードのペースで講義ノートを取れる一方、手書きの学生は、せいぜい約22ワードしか記録できないかだらだそうです。
しかし、こうした優位性は一時的で、PCを使っていた学生は24時間後には記録した内容を忘れてしまうことが多く、大量のノートを見返しても記憶を呼び戻すの有効ではなかったが、手書きでノートを取った学生は講義内容を長く記憶でき、1週間後でも講義で示された概要をよく覚えていたことから、書くというプロセスがより深く情報を記憶に焼き付けると指摘し、手書きのノートはよく整理されているため、復習にもより大きな効果を発揮すると結論づけました。ドクター キウラ(Dr. Kiewra)は「“Ironically, the very feature that makes laptop note-taking so appealing—the ability to take notes more quickly—was what undermined learning,” (皮肉なことに、速くノートを取れることこそがPCを使って記録取ることの魅力だが、逆にそのことが学習効果を台無しにしている)」と論じました。*1
また、これに近いレポートが 2016年6月20日 のDaily Mailで発表されました。タイトルは『Why the ‘iPad generation’ still needs to learn to write: Experts find forming letters is key to the cognitive process of reading(iPadの世代は書くことを学ぶ必要がある:専門家が形成する文字が読み取りの認知プロセスの鍵)』 です。このレポートによると、大人は文字を読む時に手先の運動などを処理する領域も同じく脳のネットワークが活性化することが分かっており、文字を読んで認識することと文字を書くという手先の動きがつながっていると考えられます。一方、子供は上手に文字を書くことができなくても、文字を書こうとする行為が、物事を理解するのに役立ます。つまり、文字を書くということは、単に技術的な能力を身に付けるというだけではなく、脳を活性化させ、読む能力や文章の理解力も高まり、結果的に学力の向上につながると論じています。
これらのレポートを総括しビジネスに生かすと考えると、会議やミーティングの場面では、沢山の情報を保管するためにPCを使って記録し、新人がマニュアルを学ぶなど体得したい内容については「手書き」することが有効だといえます。また、学生も同様の講義などの記録はPCで行い、その情報を「手書き」整理することが有効だといえます。
*1 The Wall Street Journal(2016年4月6日)『Can Handwriting Make You Smarter?』
*2 Daily Mail( 2016年6月20日)『Why the ‘iPad generation’ still needs to learn to write: Experts find forming letters is key to the cognitive process of reading』