023 東京大学グリーンテニスクラブの高原滉さんのご冥福をお祈りします

2012 年7月27日、東京大学グリーンテニスクラブに所属する高原滉さんが、急性アルコール中毒でお亡くなりになりました。コンパでは参加者が車座となってマイムマイムを歌い踊り、順番に輪の中央に置いた焼酎をラッパ飲みする「マキバ」と呼ばれる儀式を行っている最中に、推定1.1リットルの焼酎「大五郎」(アルコール度数25度)を原液で飲み、酔いつぶれた後、約4時間放置され死亡したという事件でした。その高原滉さんの父・高原俊彦さんが、コンパに参加していた元学生ら21人に対し、約1億6900万円の損害賠償を求め提訴しました。その提訴後の記者会見で、高原俊彦さんは「むちゃ飲みや集団の無責任に警鐘を鳴らしたい」とお話しされました。(毎日新聞参照)この記事で、僕が気になったのは「集団の無責任」という言葉です。ある事件に対して、自分以外に傍観者がいる時に率先して行動を起こさない集団心理について、社会心理学の用語で傍観者効果(bystander effect)という概念があります。

 

1964年3月13日の夜、28歳のキティ・ジェノヴィーズ(Catherine Kitty Genovese)さんがニューヨーク市の自宅アパート付近で、29歳の男にナイフで刺殺される事件が起きました。ジェノヴィーズさんは35分間の間に3 度襲われましたが、その間、隣人たちはジェノヴィーズさんが助けを呼ぶ声を無視しました。警察によると、ジェノヴィーズさんの助けを呼ぶ声を聞いた人は少なくとも38人にのぼり、彼らの何人かは現場を目撃した可能性もあったそうです。だが、誰もジェノヴィーズさんを助けに行かず、警察に通報したのは1人だけで、それも3度目の襲撃でジェノヴィーズさんが殺された後でした。集団の無関心を示すこの衝撃的な事件は、当時のマスコミに大々的に取り上げられ、米国の人々を震撼させ、この事件をきっかけに、心理学的な研究が進みました。

 

社会心理学者のコロンビア大学 ビブ・ラタネ(Bibb Latané)教授と、ニューヨーク大学 ジョン・ダーレイ(John Darley)教授が、傍観者の効果についての一連の実験をはじめました。この実験では、学生を2名、3名、6名のグループにわけて、相手の様子が分からないようにマイクとインターフォンのある個室にそれぞれ一人ずつ通し、その後グループ討議を行わせ、1人が途中で発作を起こす演技をするというものでした。この時、行動を起こすかどうかを確認し、また、その時間を計測した。結果として、2名のグループでは最終的に全員が行動を起こしたのに対し、6名のグループでは38%の人が行動を起こさなかったことが確認されたそうです。そして、この実験の結果により、論文『傍観者の効果』の中で傍観者効果を報告しました。この報告によると、非常事態や犯罪の現場を目撃した人の数が多いほど、個人が行動を起こす確立が下がると結論づけ、その要因を2つ挙げました。

 

「多数による無視」ー大きな集団の多数が行動を起こさないと、集団内の個人は、直感的に異常と感じていても、特に異常なことは何もないと納得する。

 

「責任の分散」ー人は重大な局面で責任を負うことを回避して、他者が進み出るのを当てにする傾向がある。集団の規模が大きくなると「誰かがそうするだろう」と仮定する傾向が強まる。

 

また、他の理由として「行動を起こしたとき、その結果に対して周囲からの否定的な評価を恐れるという懸念」とも論じています。*1 キティ・ジェノヴィーズ事件では「都会人の心が冷淡だから誰も助けなかった」と報道されましたが、じつは「多くの人が見ていたために誰も助けなかった」ということが分りました。まさしく、今回の東京大学グリーンテニスクラブの高原滉さんの事件が当てはまります。

 

周りの人も行動しないので、自分も行動する必要がないのと判断してしまう「空気を読む」という心理、みんなと同調することで、責任が分散されると考えてしま う「責任を回避する」という心理、行動を起こした結果、自分の立場が悪くなるのを恐れ「自己評価を守る」という心理などが、その原因であり、それを防ぐには、被害を放置してしまう重要性に気づき、まずは自分が傍観者ではなく当事者であると認識すること。周りの仲間に声をかけて傍観者であることに気づかせるために仲間と話し合うこと。放置していれば自 分が被害者になるリスクがあることを覚えておく。などの意識を備えておくことが必要です。また、もし傍観者効果に陥ったと気づいた時点で、信頼できる人、複数の人や専門機関に相談し、一人で抱えないことが重要です。

 

また、今回の東京大学グリーンテニスクラブの高原滉さんの事件だけでなく、2006年8月と12月に、滋賀県を走る列車内と鉄道駅構内で3名の女性が強姦された「滋賀電車内駅構内連続強姦事件」や、亡くなる人が後を絶たない「いじめ」による殺人も、傍観者効果が大きく関係していると考えられます。記者会見で高原俊彦さんは「同じような事故で悲しむ親は私たちで最後にしたい」と語られましたが、傍観者効果を知った人は、大勢の中でも道徳的な行動をするようになる傾向があるといわれていますので、このブログを読んだ皆さんは、傍観者効果に陥らないようにしていただきたいと思います。

 

*1:日本語版:ガリレオ-矢倉美登里/合原弘子より一部引用

 

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