034「来月からお給料を値上げします」といわれても喜ばないでください

外資系企業に務める友人に「どうして貴方の会社は新入社員にそんなに高い給料を払うの?いくら優秀な新入社員でも、そんなに稼ぐとは思えないけど…」と質問をしたことがあります。そして、その友人からの回答に驚きました。

 

友人は「新入社員で弊社の初任給と同額、あるいはそれ以上に稼ぐ人は見たことがない。かといって将来稼いでくれるという期待を込め、育てるつもりで高い給料を払っているのでもない。じつは、新入社員が座っているポジションに合った給料を払っている。」と答えました。さらに「その新入社員が退職した時に、そのポジションに会社が望むレベルの人材を採用するためには幾らの給料を払わなければならないかを考え、その予算として初任給を支払っている。」と続けました。

 

つまり、新入社員の段階では、本人の貢献度や期待度は全く考慮していないということです。そして、数年在籍していると別のポジションに移動し、同様に移動したポジションに合った給料を貰えます。では、個人の能力は評価されないのか?というとそうではなく、次のポジションに行くか否かということに個人の評価が反映されるそうです。なんとも主観的な判断を挟まない、いわゆる外資系的な考え方だと感心しました。

 

一概にいえないと思いますが、このように外資系企業の場合は、ポジションが変わらない限りお給料が上がらないのかも知れません。ところが、ベンチャー企業や零細企業の場合は違います。ベンチャー企業や零細企業の場合は経営者が「最近がんばっているから来月から昇給する」なんて話も珍しくありません。そんなときは、売上や利益が順調に伸長し、経営者に余裕が出てきたときが多いのではないでしょうか?しかし、経営状態に安定性のないべンチャー企業や零細企業は、ちょっとしたことで業績が好転することがある反面、ちょっとしたことで業績が悪化することも珍しくありません。

 

ちょっとしたことで業績が好転した際に「最近がんばっているから来月から昇給する」なんていってしまうと、ちょっとしたことで業績が悪化すれば「最近景気が悪いから来月から降給する」といわなければならない事態に陥ることも考えられます。この場合従業員側に、行動経済学における代表的な意思決定モデルである「プロスペクト理論(Prospect theory)」という心理的バイアスが働きます。

 

「プロスペクト理論」については以前にこのブログでも書きましたので詳細は控えますが、プロスペクト理論とは「価値関数(損失回避性)」と、大きい額になるにつれ感覚が麻痺してくることをあらわす「確立加重関数(感応度逓減性)」からなり、人間が利益や損失を伴う選択肢でどのような意思決定をするか、損失と利得をどのように評価をするのかを解説する理論です。

 

この「価値関数(損失回避性)」とは「人は利益が発生した時の喜びよりも、損失が発生した時の悲しみの方が大きい」という理論です。このような利益よりも損失に強く反応する心理的バイアスは、非合理的な行動を促します。昇給・降給の場合「最近がんばっているから来月から1万円昇給する」といわれると、年間で12万円収入が増えると考え、それまでの年収に12万円を加算して生活や消費を考え始めます。

 

ところが、その後「最近景気が悪いから来月から1万円降給する」といわれると、年間で12万円収入が減る、つまり年間12万円損をすると考えます。この損をした時の悲しみや怒りなどのネガティブな心理が、昇給した時のポジティブな心理を印象的に上回ってしまうという理論が「価値関数(損失回避性)」です。さらに、昇給・降給の額が大きくなればなるほどネガティブな心理が大きくなることが「確立加重関数(感応度逓減性)」です。

 

「降給する」といわれると、ネガティブな心理状態になり、仕事に対するパフォーマンスは下がり、「昇給する」といわれる前のパフォーマンス以下に下がります。さらに、その額が大きければ大きいほどネガティブな心理状態になり、仕事に対するパフォーマンスは下がり続けます。つまり、心理的影響だけでいえば、給料が昇給・降給するくらいなら、昇給しない方がパフォーマンスが高い仕事がし続けられるということになります。

 

ベンチャー企業や零細企業に限らず大企業でさえ、ちょっとしたことで急激に経営状態が悪化する現代ですから、社員さんなど従業員側の立場におられる方は、降給する前提で昇給を受け入れ、経営者側におられる方は、絶対に降給させない前提で昇給をするべきです。ですから、安易に「最近がんばっているから来月から昇給する」なんてお話をしてしまうと、取り返しのつかないことになることを十分に認識しておかれることをお勧めします。

 

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