099 売れない商品を売ろうとして価格を下げる前に考えなければならないこと
先日とあるクライアント様と新商品を開発しテスト販売を行いました。その結果は、決して「好調」と言える結果ではありませんでした。しかし、その商品は事前の社内テストで「価格に見合う価値がある」という結果を得ていたので担当者は自信を持っていました。こんな経験をされた経営者さまは多いのではないでしょうか?
1983年に「世界初のGUI搭載商用コンピューター」として、スティーブ ジョブズ(Steve Jobs)がApple Lisaを発表しました。1万ドルと高額で、個体のサイズも大きく、質の高いデザインとはいえないモノでした。販売計画は1万台でしたが、販売には困難を極め、度重なる値下げを断行したにも関わらず、約2,700台を破砕する結果に至りました。
スケールは違えど、クライアント様の新商品とApple Lisaは同じようなスタート切ったと言えます。しかし、Apple Lisaは改良を行い、その後、初代Macintoshとして発売されPC業界を変革するほどの大ヒット商品となったことから考えると、クライアント様の新商品もこの先が楽しみです。
価値と価格の関係については社会科学分野で多く語られてきましたが、応用心理学的には違った見解で語られます。今回お伝えしたいことは「アンカリング効果」と「コントラスト(対比)の原理」です。
アンカリング効果とは、心理学者、行動経済学者のデューク大学 ダン アリエリー(Dan Ariely)教授が、2012年4月5日に発刊した『What It Feels Like to Know What We’re All Thinking(予想どおりに不合理)』で発表したことによって多くの方が知ることになった認知バイアスの一種ですが、じつは、行動ファイナンス理論及びプロスペクト理論の研究者であり心理学者、行動経済学者であったダニエル カーネマン(Daniel Kahneman)と、心理学者であったプリンストン大学 エイモス トベルスキー(Amos Tversky)教授が、1974年9月27日に発表した研究報告『Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases』で既に語られていました。
例えば「国連加盟国のうちアフリカの国の割合はいくらか」という質問の前に「65%よりも大きいか小さいか」と尋ねると、「10%よりも大きいか小さいか」と尋ねた場合よりも大きい数値の回答が得られたそうです。また、数値を明確に提示しなくてもバイアスは生じる。「8×7×6×5×4×3×2×1」または「1×2×3×4×5×6×7×8」という計算の結果を、5秒以内に推測してもらった場合、前者のほうが後者よりも大きい推測の値が得られたという結果が出たことが報告されました。
つまり、先行する数値(アンカー)によって後の数値の判断が歪められ、判断された数値がアンカーに近づく傾向があるということです。皆さまも「価格が高い、安い」と言う判断をする際には、それまでに見た同様の商品やサービスの価格と相対して考えるのではないでしょうか?Apple Lisaの場合は、価格も価値も高かったが、初代Macintoshは価値よりの価格が安かったのでしょう。マネージメントの世界で語られる「需要と供給のバランス」もこの価値の中に含まれていると考えるべきでしょう。
皆さまご存知のイタリアの自動車メーカー「フェラーリ」の現行の新車最安価車種「フェラーリ カリフォルニア」の日本発売価格は2,360万円だそうです。日本自動車販売協会連合会によれば、フェラーリブランドの2015年1月から12月までの日本国内年間販売台数は720台と前年比128.3%と増えているそうです。しかし、上には上があって、1963年にブルース マクラーレン(Bruce Leslie McLaren)により設立されたイギリスのマクラーレンの「マクラーレンP1」の日本国内販売価格は約1億円です。また、ランボルギーニに在籍していたデザイナーのオラチオ パガーニ(Horacio Pagani)が、1992年に設立したパガーニ アウトモビリ(Pagani Automobili )の「パガーニ ウアイラ」は、約1億3,000万円です。さらにイタリア出身の自動車技術者、エットーレ ブガッティ(Ettore Arco Isidoro Bugatti )がアルザスに設立した自動車会社 ブガッティの市販車のギネス世界最高速記録431.072km/hを打ち立てた「ブガッティ シロン」の販売価格は約3億円です。こうなれば、マクラーレンP1なら3台、フェラーリ カリフォルニアなら10台以上買える価格です。
どうですか?この文章を読むと、ブガッティを高く感じ、逆にフェラーリの価格を安く感じませんか?これが「アンカリング効果」であり「コントラスト(対比)の原理」です。
ところで先程の、販売価格約3億円「ブガッティ シロン」の先行モデルだった「ブガッティ・ヴェイロン16.4 Grand Sport」は約2億5300万円でした。3年前、その「ブガッティ・ヴェイロン16.4 Grand Sport」を、とあるディーラーが在庫を持っているので「名倉さんなら4,500万円割引にします」と言う情報をいただきました。つまり「ブガッティ・ヴェイロン16.4 Grand Sportを買うと、今ならフェラーリ カリフォルニアが2台ついてくる」と言うことです。皆さまのところに同じ連絡があったらどう感じますか?買える、買えないは別にして「安い!」と思いませんか?
社会心理学者である目白大学 渋谷昌三 教授は、著書『自分がわかる心理学』の中で「似たようなものなのに価格が違う商品が並んでいることがあります。(中略)こんなとき、安い商品を見つけると「得した」という気分になります。」と、コントラスト(対比)の原理について解説しています。言い換えれば「人間の脳は、客観的な価値ではなく相対的な価値に反応する」とも言い換えられます。
「コントラスト(対比)の原理」には、もうひとつの効果があります。たとえば、うなぎを食べようと出かけたところ、全く同じようなうなぎ屋さんが隣り合わせで2軒あったとします。ひとつ目のお店は1,000円で、もうひとつのお店は1,200円だとします。あなたはどちらのお店が「美味しそう」だと感じますか?これも「コントラスト(対比)の原理」の効果です。
また、ラグジュアリーブランドの商品が突然破格で販売され始めたらどうでしょうか?きっとそれまで買いたいけど買えなかった方は一時的に買うかも知れませんが、これまで買っていたお客様はそのブランドから離れ、また、それに続きそれまで買いたいけど買えなかった方も時間とともに離れていくことになるでしょう。
これらのことから言えることは「価格も価値の一部」だということです。売れないから価格を下げるということは、すなわち価値を下げることにもなります。ですから、価格を下げる前にやるべきことは、価値を多くのヒトに、正しく伝えることが出来ているかを確認することが大切だと私は考えています。