113 たまには普段通る道路の対岸を歩いてみてください
先日、永澤 仁さんとお会いする機会がありました。永澤 仁さんは日本国民なら誰もが見たことのあるCM、忌野清志郎さんが歌う「近くて便利」のセブン-イレブンのCMや、雨上がり決死隊さんのバイク王、キリン氷結など数々のCM作品を責任者として手がけ、多くのヒットCMを生み出してきた映像クリエイターです。
IBA(ロスアンゼルス)広告賞、ニューヨークCMフェスティバル、ロンドン国際広告賞、日経新聞広告賞、朝日新聞広告賞、読売新聞広告賞、毎日新聞広告賞など、国内外で100以上もの賞を獲得し、競合プレゼンでは「独創的」と言われるスタイルで、コンペでは3年半無敗の記録を持っているクリエイティブ業界では「天才」と称される方です。
多くのクライアントを抱え「アイデアが枯渇しないか?」聞いてみたところ、企画を考える時間は、2時間や3時間ではなく、一ヶ月間くらい朝から晩まで寝ている時もシャワーしている時もそのことばかり考えるくらい没頭し、さらに、普段自分が読まない雑誌を片っ端から読んで、気にとまったページをストックするといった作業をされるそうです。
私も企画を考える際に同様の作業を行いますが、肝心なことは「普段見ないものを意識して見る」ということだと思います。応用心理学では「リフレーミング(reframing)」というこれに近い概念があります。
リフレーミングとは、「視点を変える」または「物事を見る枠組み(フレーム:frame)を変えて、別の枠組みで見直す(re-frame)」という概念です。永澤 仁さんの「普段見ないものを意識して見る」という行為と「リフレーミング」は同じことではありませんが、視点を変えると言う点では近い概念です。
このリフレーミングの効果の例としてよく出される話に、靴メーカーの社員がアフリカのとある国に市場調査に行ったときのエピソードがあります。
その国では靴を履く習慣がなく、全ての人が裸足でした。ある社員は「この国では、靴は全然売れないだろう」と報告しましたが、他の社員は「靴を履く文化を醸成することができれば、非常に大きな市場になるはずだ」と報告したというお話です。
昭和世代の方々なら「まずい、もう一杯!」というコピーの青汁のCMを覚えている方が多いと思いますが、あのCMでは「良薬口に苦し」の言葉通り「苦くておいしくない」というネガティブ要因を「まずいほど苦いから、よく効く」とリフレーミングした好例でした。
クリエイターでない限り、永澤 仁さんのように一ヶ月間くらい朝から晩まで寝ている時もシャワーしている時もそのことばかり考えるくらい没頭したり、普段自分が読まない雑誌を片っ端から読んで、気にとまったページをストックすることは、現実には簡単なことではないでしょう。そこで、普段から私が行っていることをご紹介します。
それは、先ず電車に乗ったら、見える範囲の広告を全て見て「あっこれ新しいかも?」と思う広告をスマホで撮影します。さらに、歩いている途中でも「あっこれ新しいかも?」と思う広告を撮影します。そのストックをなるべく増やすために、毎朝、同じ道を通って通勤していても対岸を歩いてみたり、可能なら遠回りをします。そうすると、新しい発見がいくつも生まれます。
普段、私たちは主にインターネットやTVなどのメディアから情報を得ています。しかし、それらのメディアから得られる情報はすべてセグメンテーションされた情報です。インターネットに関して言えば、多用するSNSサイトやECサイトで目にする広告や、サーチエンジンによる検索で表示されるサイトは、ユーザーの属性や地域・季節・曜日・時間帯に合わせて表示をしています。
さらに最近では、リスティング広告やオーバーチュア広告に変わり、ユーザーの閲覧履歴に合わせて広告配信できるインタレスト広告の市場が急成長しています。一方、TVでは自分の選んだ番組しか見ないと言う方も増えていますから、当然目にするCMも番組ユーザーを属性とするCMだけを目にすることになります。
ところが、電車などの公共交通機関や公共の道路は、幼児からシニアまで、女性も男性も利用しますので、そこではセグメンテーションされていない広告を目にすることができます。ですから、知らない商品や意味が判らない広告があるはずです。そう言う広告をストックすることによって、普段とは違った視点で世の中を見ることができます。
リフレーミングを上手く活用すれば、競合に劣っていると思われる商品やサービスを魅力的に表現できたり、これまで狙っていたユーザーとは違うユーザーにアプローチすることが可能になるので、たまには普段通る道路の対岸を歩いてみてください。