103 このブログを読んでいる皆さんには「モノからコトへ」なんて古臭いことを言わないで欲しい
大手広告代理店を退社してクリエイティブ ラボでディレクターを努めていた著名クリエイターさんが、小さなカフェを作ったということが、先日ソーシャルニュースで話題になりました。
「BtoCのビジネスには、BtoBのビジネスにはない良さがある」そんなこともカフェを始めた理由だそうです。BtoBのビジネスもBtoCのビジネスも経験のある僕は、そのキモチが理解ができました。
しかしそのソーシャルニュースの文中に、気になるところがありました。その部分がこんな一節です・・・
「モノ」から「コト」へ。価値がシフトする時代。
たしかに、よく「ストーリーテリングが大事」みたいなことが、業界ではよく言われています。商品のバックグラウンドにあるストーリー、ブランドを買う時代になってきたと。
・・・どうでしょうか?「モノからコトヘ」という言葉を初めて使った方が誰なのか定かではありませんが、哲学者であった東京大学 廣松渉 名誉教授が、1988年9月16日に発刊した『哲学入門一歩前-モノからコトヘ』 (講談社現代新書)が、最初だったというのが、僕の認識です。
この『哲学入門一歩前-モノからコトヘ』は、マーケティングやビジネスの書籍ではなく哲学書です。出版社の内容紹介を見ると「〈実体〉的三項図式にかわり、現相世界を網のように織りなす〈関係〉的存立構制、その結節としてたち顕れる「私」とは、どのようなものか?量子論からイタリアの戯曲まで、多彩なモデルで素描する、現代哲学の真髄!」とあります。
現実世界にはまず「モノ」があり、それが集まって「コト」になると私たちは思っていますが、じつはその順序が逆であることを証明しようとしています。そのことを「事的世界観」と表現しています。
ソーシャルニュースが書きたかったことは、戦後の「物欲」から来た消費経済が衰退し、旅行や教育などの「事欲」に自己投資的消費に時代が移行してきたということを指しており、その思考に対立するように廣松渉 名誉教授は、30年近く前から”コトにはモノが必要だ”ということを示したかったと読み取れます。
ところで、1959年から1964年生まれの女性を、バブル経済崩壊後「Hanako世代」と呼ばれていた時代がありました。Hanako世代というネーミングは、1988年に創刊された雑誌「Hanako」からきた名称で、創刊時のキャッチフレーズ「キャリアとケッコンだけじゃ、イヤ。」に象徴されるように、独身時代は雑誌を片手に情報収集を怠りなく、ブランドモノのショッピング、グルメ、海外旅行、テニス、スキーなど、旺盛な消費意欲と広範な行動力を発揮した世代でした。
つまり、このカフェを始めたクリエイターさんが言う「商品のバックグラウンドにあるストーリー、ブランドを買う時代になってきた」というのは、Hanako世代にとって、80年代末期からバブル経済を越え経験済みのことです。カフェを始めたクリエイターさんは1979年生まれなので、バブル経済の頃は小学生だったのでご存知ないかも知れません。
そんな背景を理由に、僕は「モノからコトへ、価値がシフトする時代」なんて古臭いと感じています。では、今はどんな時代と形容すれば良いのか?「モノ」でもなく、「コト」でもなく、「想い」だと言いたいです。つまり「コトから想い」ということです。
Hanako世代が経験した”グルメ、海外旅行、テニス、スキーなど”が「コト」に当たりますが、おそらくカフェを始めたクリエイターさんはカフェに行くこと(来ること?)も「コト」と解釈されているのでしょう。しかし、これからの世代(若者世代)にとっては、カフェに行くことは面倒臭いことで、大きな価値のない行為でしょう。まして”コーヒーの味”は、これからの世代(若者世代)にとってカフェを選ぶ上位選択肢ではないでしょう。
チェーン店ではない”味が売りのカフェ”で、これからの世代(若者世代)が楽しげに過ごしている姿を目撃したことを、私はあまり見たことがありません。わざわざ外出しなくとも、自宅に居て気の合う仲間とゲームやSNSを媒体として繋がっていたりする方が、これからの世代(若者世代)にとって価値が高いことでしょう。
さらに、ヒット商品の代表格であるiPhoneやMacBookは競合商品と比較して価格も高く、じつはモノでもコトでもなく、あるヒトは「ジョブスが好き」という理由だったり、「カッコいい」という理由で買っているヒトが多いのではないでしょうか?これらの消費行動の理由を「コトではなく想い」と形容すると、とてもシックリ来ます。
伊藤忠ファッションシステム“この先シニア”共同研究プロジェクト著の『シニアビジネスの新しい主役 Hanako世代を狙え!』には次のような一節があります・・・
バブル世代は「Hanako世代」の他にも「新人類」とも呼ばれ、80年代後半のバブル経済を背景に「ワンランクアップ」や「差別化」を志向し、現在でもモノ・コト含めて消費が大好きな世代です。団塊ジュニア以降のバブルに乗り遅れた世代が消費に慎重で冷めているのに対して、消費に前向きで欲張りな最後の世代です。*1
・・・つまり、コト消費で売上を狙うビジネスなら、Hanako世代とそれ以前の世代をターゲットとすることが妥当だとも読み取れます。果たして、このカフェを始めたクリエイターさんは、このような歴史や現実をご存知なのでしょうか?
著名広告クリエイターさんがこんな古臭いことを平気で記事にしたり、今回のカフェを始めたクリエイターさんとは無関係ですが、昨年は別の著名クリエイターさんがデザインの盗用をしたことが多数発覚したことを見ていると、これからの日本のクリエイティブ業界に不安を感じてしまいます。
*1:伊藤忠ファッションシステム“この先シニア”共同研究プロジェクト(2015)『シニアビジネスの新しい主役 Hanako世代を狙え!』ダイヤモンド社