114 経営者には男性か女性かどちらが適任なのか?という問いに関する革新的な回答

昨年、大塚家具の大塚勝久会長と長女久美子社長が経営権を巡り親子で対決したことが話題になりました。あれから約1年が経過し、それぞれ違った道を歩み始めました。

 

大塚勝久氏は、長男 大塚勝之氏とともに新会社の「匠大塚」を設立し、埼玉県春日部市の旧西武春日部店を受け継ぎ、地上7階地下1階の家具大型店「匠大塚春日部本店」を今年夏にオープンすると大塚勝久会長と大塚勝之社長がGW直前の4月27日、記者会見をしました。

 

一方の大塚久美子社長は、3月25日に開催された大塚家具の株主総会で、今期の第1四半期(1~3月)の売上高が前年に比べて23%も減少、経常損益は11億1,300万円の赤字になり、前年同期は6億7,500万円の黒字だったことからすると、大幅な転落であったことを受け「企業の立て直しに向けて正念場を迎えつつある」と、語りました。

 

久美子社長率いる新生・大塚家具は、かつての高級路線から中級路線へと切り替え、気軽に立ち寄れるカジュアルな店舗へ路線を変更してきましたが、独自色を廃したことで、ニトリやイケアなど家具量販店との明確な違いがぼやけてしまっているような印象を受けます。SBI証券シニアマーケットアナリストの藤本誠之氏は、2016年4月27日付 livedoor NEWSで、こう分析しています。

 

「家具業界では、デザインから製造・販売を行い、安さを維持しているニトリが圧倒的に業績を伸ばしています。もう少し高いモノが欲しいという層にも支持され客層を広げている。大塚家具の内紛で、漁夫の利を得たのはニトリと言えるでしょう。匠大塚は、個人客より法人向けに、どこまで食い込んでいけるかが課題です」

 

「定時制高校卒業」の勝久社長と「一橋大学経済学部卒業」の久美子社長、「情」を重んじる勝久社長と「理」を重んじる久美子社長、そんなことからも1年前この状況を予想していた方は少なかったのではないでしょうか?

 

当の私も、最終学歴による「ハロー効果」や、権威ある人からの意見に服従してしまう「権威への服従原理」によって、久美子社長が経営者として成功するだろうと感じていました。「人間は理ではなく情によって意思決定を行う」と毎回のブログで書いている私でさえ、無意識領域における意思決定によって誤った予想をしてしまうのですから怖いものです。

 

ところで、この二人の経営者を見ていて、経営者には男性か女性かどちらが適任なのか?と言う疑問が湧いてきました。しかし、一言に経営者と言えど業種・業態はさまざまだし、規模の大小などの環境によってもお話は変わるだろうとも考えられます。

 

イギリスの発達心理学者でケンブリッジ大学発達精神病理学科のサイモン バロン=コーエン(Simon Baron-Cohen)教授は、著書『共感する女脳、システム化する男脳』の中で、男性と女性の脳の違いについて、一般に「女性は言語能力にすぐれ、男性は空間把握能力にすぐれている」と考えられてきましたが、じつは女性型の脳は他者の気持ちをわがことのように感じ、男性型の脳はシステムを理解し構築するようにつくられている、言うなれば「共感」と「システム化」という違いがあると論じています。

 

さらにそれを明らかにするために「怒り」「喜び」など、さまざまな感情を持った人の顔写真の「目元部分」だけを切り取って、実験参加者に見せ、写真人物の感情を当てさせる実験を行いました。その結果、女性のほうが、男性よりも、目元写真だけで相手の感情をより正確に推測できた、と論じています。つまり、経営者かどうかは別として、女性はコミュニケーションに関わるビジネスに適していると言えます。

 

モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野の渡部幹准教授も、女性のコミュニケーションには「感情的共感」が大きな割合を占めており、実際にフェイス トゥ フェイスで接客をする職業に女性が多い*1と論じています。

 

これらのことから、大塚家具のように消費者に直接売込む小売業に関しては女性の方が適任であり、また、人と接することの多い経営者であれば男性より女性の方が適任であると言えるかも知れません。・・・と、ここまでなら腹落ちしていただける方が多いと思いますが、昨年これまでの一般論を根底から覆すショッキングな研究結果が発表されました。

 

皆さんは「男性脳・女性脳」という言葉を聞いたことがあると思います。そもそも男性と女性は生まれながらにして海馬や脳梁の大きさなどが異なると長年言われてきました。しかし、じつは「男性脳・女性脳は存在しない」と言う研究結果が昨年2015年8月に発表されました。

 

英ロザリンド フランクリン医科学大学のリーセ エリオット(Lise Eliot)教授らの研究チームは、6,000件を超えるsMRI(構造的核磁気共鳴画像法)検査の結果をメタ分析した結果、記憶を司る「海馬」と呼ばれる領域は、平均すると男性の方が女性より大きいが、脳全体の大きさの違いを考慮すると性差はほとんどないことを示しました。

 

これまでの通説では、女性の方が海馬が大きく男性より感情表現が豊かで言語などの記憶力に優れているとされてきましたが、リーセ エリオットらの研究結果はこれを否定しています。

 

この研究結果を受け、感性心理学・認知神経科学を専門とする慶應義塾大学文学部心理学准教授の川畑秀明先生は「男女の行動の違いを『男性脳』『女性脳』とラベル付けして理解するのは危険だということは以前から指摘されてきたことですが、個々の人間の脳にはそれほど明確な『男性脳』『女性脳』があるわけではないということを、脳の全体的な構造から示している点で興味深い。しかも、これらの研究は非常に大きなサンプルからそのことを裏付けています」*3 と評価しました。

 

さらに、イスラエル テルアビブ大学のダフナ ジョエル教授らの研究チームが、2015年11月30日 Proceedings of the National Academy of Sciences誌で『これまで男女の行動や考え方の違いの根拠とされてきた「男性脳」「女性脳」を持つ人はほとんどいない』と、研究報告を発表しました。

 

人は古くから“男性脳”または“女性脳”を持っていると考えられてきましたが、その理論では「胎児に精巣ができると脳をオス化するテストステロンが分泌される」それが本当だったら、脳には2つのタイプがあることになる。これを検証するためダフナ ジョエル教授らの研究チームは、13歳から85歳の被験者1,400人以上のfMRI画像を分析し、その結果、男女の脳には、いくつか異なる特徴が見られたものの、大きな違いは見られなかった。男性に共通した特徴を持つ女性もいれば、その逆もあり、ほとんどの脳では男女の特徴が「モザイク状に」重なり合っていることがわかった。一方、完全な「男性脳」または「女性脳」を持つ人は0~8%で、ごくまれなケースだったと発表しました。

 

さらに、5,500人の男女のデータをもとに性差による行動の違いを分析したところ、ステレオタイプな男性または女性の行動をとる人はわずか0.1%に過ぎなかった。ダフナ ジョエル教授は、サイエンス誌の取材に対し「男性脳や女性脳というものはないし、男性または女性いずれかの性質だけを持つ人はいない。いるとしても、ごく稀なケースだ」と述べました。*4

 

この発表を受け、イギリス オープン大学の心理学者 メグ ジョン バーカー(Meg John Barker)教授は「この研究は、性別(ジェンダー)は単純に二分できないという考え方を生物学的に支持するものだろう」とコメントし、同様にアメリカ ロックフェラー大学のブルース マキューエン(Bruce McEwen)教授も「「われわれは、男あるいは女として理解されてきたものの複雑さに気づきつつある。この研究はその第一歩であり、人々の考え方を変えるものだと思う」とコメントしました。

 

また、イギリス ダラム大学のマークス ハウスマン(Markus Hausmann)教授も「空間スキルのすべての面で、性別による違いはほんの少ししかないとわかった。男性と女性の脳を白黒で捉えるのは、明らかに単純すぎる」とコメントしました。

 

さらに、アメリカ メリーランド大学で脳の性差を研究するマーガレット マッカーシー(Margaret McCarthy)教授は「今回の研究は、文化的な期待とは対照的に、性差が生物学的な違いに由来するという従来の考え方に異を唱えるものだ」とコメントしました。

 

これら多くの世界的精神神経科学研究者のポジティブなコメントを見ると「男性脳・女性脳」は存在しなかったと判断することが妥当でしょう。つまり、経営者には男性か女性かどちらが適任なのか?という問いに関する精神神経科学的回答は「どちらでもない!」となります。

 

最後にダフナ ジョエル教授の言葉で締めさせていただきます・・・

 

『“We separate girls and boys, men and women all the time,It’s wrong, not just politically, but scientifically — everyone is different.”われわれはどんなときでも、男児と女児、男性と女性を分けてきた。これは、政治的にだけでなく、科学的にも間違いであり、すべての個人がそれぞれ異なっているのだ』

 

*1:渡部 幹(2015年6月25日)『行動科学・脳科学でみる男女脳 この違いをビジネスで生かせるか」ダイヤモンド・オンライン【第27回】
*2:EMILY REYNOLDS(2015.10.30)『There is probably no such thing as a ‘male’ and ‘female’ brain』WIRED.CO.UK
*3:川畑 秀明(2016.1.31)『本当はなかった? 行動の性差を裏付ける「男性脳」と「女性脳」』株式会社ジェイ・キャスト・一般社団法人アンチエイジング医師団支援機構
*4:PNAS – Sex beyond the genitalia: The human brain mosaic
Science – The brains of men and women aren’t really that different, study finds

New Scientist – Scans prove there’s no such thing as a ‘male’ or ‘female’ brain

 

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