078 “ブラックバイト”を辞めることができない学生の心理

皆さんもご存知の通り、1月8日に「湘南ゼミナール賃金未払いで是正勧告」という報道がありました。この報道のなかで使われた「ブラックバイト」というキーワード。これは早くも2016年の流行語大賞のノミネートになるかも知れませんね!

 

ところで、この報道でブラックバイトによって学生生活を脅かされることのない働き方を目指すべく2014年8月1日に結成された「ブラックバイトユニオン」という団体のことを知った方も多いのではないでしょうか?この団体のサイトには「ブラックバイトチェックシート」というものがあります。その内容は以下の通りです・・・

 

・賃金の計算が1分単位ではない
・売り上げのノルマなどを課されている
・バイトを減らす理由として、「試験勉強」は認められない
・休憩はとれたりとれなかったり
・実際の労働条件が、募集の際に提示されたものと違った
・労働条件を書面で渡されなかった
・アルバイトの上司・先輩から暴言・暴力・嫌がらせを受けた
・アルバイト間で暴言・暴力・嫌がらせを受けた
・シフトや勤務日数、勤務時間を一方的に減らされた
・希望していないシフトに入れられた
・商品やサービスの買い取りを強要された
・ミスをした分を支払わされた
・準備や片付けの時間に賃金が支払われなかった
・仕事が延びても残業代が時間通り支払われなかった
・就業規則がいつでも確認できるようになっていなかった
・賃金が一方的に引き下げられた
・賃金が毎月決まった日に支払われなかった
・残業代が割増賃金ではなかった
・給与明細書がもらえなかった(パソコンで確認できる場合を除く)
・1日に6時間を超えて働いても休憩時間がもらえなかった
・仕事上のケガの治療費を自己負担させられた

 

・・・「このチェックリストで3個以上あてはまった場合は、完全にブラックバイトです。バイトだから仕方ないかな~と思っているかもしれませんが、違法行為が蔓延しています。なるべく早く相談しましょう。 」と記載がありました。

 

賃金の計算が1分単位ではない、休憩はとれたりとれなかったりだ、労働条件を書面で渡されなかった、希望していないシフトに入れられた、就業規則がいつでも確認できるようになっていなかった・・・と、このあたりを読んでドキッとされた中小企業経営者やマネージメント担当者も多いのではないでしょうか?

 

これらの情報が就職前の18歳〜22歳を中心とした若者に向けて発信されていることが気になります。このサイトを読んだ学生が、認知心理学や社会心理学での様々な観察者効果の一種である「認知バイアス(cognitive bias)」の影響を受けてしまう可能性が高いということが気になります。

 

これらの表現が妥当か否かの議論をするつもりは全くありませんが、社会は男性と女性、子供と大人、そして経営者と雇用者と色々な立場の人々が互いに理解をしようと努力し、微妙なバランスを保ちながら形成されています。ですから、今回のケースも雇用側だけでなく、経営側の意見も知ったうえで俯瞰的に考えるべきではないでしょうか?

 

ところで、この「ブラックバイト」という言葉について、社会学者であり教育学者でもある中京大学国際教養学部 大内裕和 教授は、その概要のなかで以下の通り論じておられます。

 

アルバイトとして働いている高校生や大学生にとっても、近年の経済状況の悪化やひとり親世帯・低所得者世帯の増加、学費の高騰などから、学生に対して実家から送られてくる仕送りの額の減少に加えて、また近年のフリーターの増加などといった、社会現象により他のアルバイトを見つけることが困難である、などといった厳しい現実から、ブラックバイトであったとしても、容易に辞めることができない。*1

 

つまり、金銭的な問題により辞めたくてもやめれない状態にあると論じておられます。しかし、その理由は金銭的な問題だけでなく、じつは心理学的に大きな理由があります。

 

そもそも「仕事をする」ということを語るには、金銭的なことも含た「報酬」の前に「モチベーション(動機づけ)」に語らなければなりません。

 

社会心理学者であったコーネル大学 ダリル J ベム (Daryl J. Bem)名誉教授は、仕事に向かうモチベーション(動機づけ)には、興味や好奇心に基づく「内発的動機づけ」と、報酬や利益に依拠する「外発的動機づけ」があると論じました。

 

そして、この2つのモチベーション(動機づけ)のバランスについて、アメリカの心理学者であったレオン フェスティンガー(Leon Festinger)と、カールスミス(J.M.Carlsmith)が1959年に「1ドルの報酬実験」という認知的不協和の存在を実証するために設計された実験を行いました。

 

この実験は、退屈な単純作業をさせた場合に、1ドルの報酬を与えるグループと20ドルの報酬を与えるグループに分け、その作業の面白さの度合いを質問するという内容でした。退屈な単純作業を終えた被験者は、次にその作業をする人に対し「この仕事は面白くてやり甲斐がある」と実際の感想とは反対の発言をするように強制しました。

 

つまり、単調な作業を強制的に了承させて「面白かった」という発言をさせられた後に、1ドルあるいは20ドルの報酬を受け取るという手順を踏んで「この作業は面白かったですか?」という質問を受けるという実験でした。

 

1ドルよりも20ドルの報酬を貰ったグループの方が「面白かった」と回答しそうですが、実験の結果は反対でした。つまり、1ドルの報酬のグループの方が「面白かった」と答える人の割合が高かったのです。

 

20ドル報酬グループの被験者は「面白くない作業を面白いと強制的に言わせられる認知的不協和の状況が20ドルの報酬で正当化された」と考え、1ドル報酬グループの被験者は、「面白くない作業を面白いと強制的に言わせられる認知的不協和の状況を1ドルの報酬では正当化できず、内的な認知を自己肯定的に変容させた」と考えました。

 

ヒトは、金銭的報酬などの「外部要因の正当化」が得られない場合には「内部要因の正当化」によって認知的不協和を改善しようとする心理機能を生得的に行います。あるレベルまでの不満足(不協和)であれば「自己肯定的な物事の認知」をして不快感を和らげることが出来ますが、今回の湘南ゼミナールの場合は、そのレベルを超えたと考えられます。

 

ブラックバイトユニオンのブラックバイトチェックシートには、この「内部要因」つまり「内発的動機づけ」に関わる記述がないことに疑問を感じます。「外部要因の正当化」ばかり話題にして騒ぐだけでなく「内部要因の正当化」にも光を当てて、雇用者が「長時間労働で給料は安いけど楽しい仕事だ!」と思える環境を整えないことには、ブラック企業、ブラック社員、ブラックバイト、など「ブラック・・・」という流行語が消えることはないでしょう。

 

*1:NHKホームページ『視点・論点 「広がる”ブラックバイト”」』より引用

 

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