089 出版不況なのに、あの人もこの人も出版できる裏事情

日本の出版業界では「出版不況の時代」といわれるようになりましたが、じつはその傾向は、最近はじまったのではなく1997年以降から続いているそうです。「歩戻し」や「注文品の支払保留」など、業界特有の取引条件にその原因があるという説がありますが、私はあらゆる情報がインターネットにより、無料で入手が可能になったことと、その情報の質が高くなったことが最大の理由だと解釈しています。

 

また2000年前までは、最寄り駅の駅前にあった書店が次々に消えて行ったことも、その理由だと感じています。確かにamazonなどインターネットで書籍が買い易くなったことで以前より書籍を購入する方が増えましたが、もともと書籍業界の顧客であったシニア層にとって、ご近所の書店が消えることは、決して書籍の購買を助長することにはならなかったことでしょう。

 

そんな背景もあり、出版業界は売れるか売れないか判らない新人著者の出版を避け「過去に何部売ったことがあるのか?」実績のある著者に、新たなタイトルの執筆を依頼する傾向が強くなりました。特に10万部以上のベストセラーを出版した著者のもとには、多くの出版社からの依頼が殺到するようです。しかし、同じ著者が異なった内容の書籍を執筆出来るはずもなく、ベストセラーと似た作品が数多く出版されてしまいます。

 

本が出版したいけどいつになっても出版できない新人と、同じような本ばかり出版するベテラン著者の格差が大きくなり、書籍市場は益々魅力のない市場になって行きます。そこで、注目を浴びてきたのが、幻冬舎ルネッサンスさんや講談社エディトリアルさんが事業展開している「自費出版」です。

 

自費出版なら「本が出版したいけど、いつになっても出版できない新人さん」でも容易に出版が可能です。しかし厄介なのが、著者自身が出版した書籍の全て、または一部を買取ったり、買取の約束をしなければないらいということです。

 

実際には数百万円というお金が必要になることも珍しくありません。そこで著者は、買取った書籍を大量に売りさばくために、書籍付き会費を徴収する「出版パーティー」を開催して、一度に数十冊〜数百冊をばらまくわけです。著名人とコネがある人は、そんな著名人を招待客として呼んで、さらに参加者を募ったりします。

 

そして、スマホで著名人と参加者で写真を撮らせSNSで拡散するように誘導します。写り込みを狙って、会場には大きなバナーがはってあり、出版したばかりの書籍を持ちながら撮影させる行為も納得できます。

 

冷静に考えると、自分が出版した書籍をなるべく多くの方に知ってもらい、そこから買ってもらおうと考えるなら判りますが、わざわざ自分が参加人数分購入するリスクを取るというのは違和感を感じます。

 

では、なぜそこまでして出版したがるのか?ネットではリーチできない地域・年齢に自分の名前が届くことも勿論ですが、それ以上に「信頼性が高まる」からではないでしょうか?「本を出版している」というだけで個人としての信頼性は高まり、特に年長者の人の中には無条件にリスペクトの眼差しを注ぐ方もいます。

 

これは『038 あなたは知らない人のことを”なんとなく”で評価していませんか?』でも書いた「ポジティブ ハロー エフェクト(positive halo effect)」が作用していると考えられます。そもそもハロー エフェクト(効果)とは、「何かが優れている人は、他の面でも優れているだろうと思い込んでしまう現象」をいう心理学用語ですが、ハロー(halo)とは、”後光が差す”と例えられるお釈迦様のような人々の「後光(=ありがたい光)」を意味しており、後光に照らされた物全てが有難く思えることが、ハロー エフェクト(効果)の名前由来となっています。

 

つまり「本を出版している」というだけで、「この人は凄い人だ」と無条件に信じてしまう効果があるわけです。勿論、出版パーティーをやったり、著書をバラまいたりしない自費出版でない方は「凄い人」だと思いますし、自費出版の方の中にも、のちにベストセラー著者となった「凄い人」も沢山いらっしゃいますが、自営業の方やコンサルタントの方であれば、数百万円というお金を支払ってでも「凄い人」と思われるなら、充分に費用対効果があると考える方もいらっしゃるでしょう。

 

ですから、皆さんに注意していただきたいのは「本を出版している人=凄い人」と無意識に感じないようにしていただきたいということです。自費出版が一般化した今日では詐欺行為に巻き込まれる危険性も出てきました。「本を出版している人」に会った時は、その本のことを意識的に忘れて、それでも凄い人と感じるか?エフェクトを外す能力を身につけていただきたいと思います。

 

また、ポジティブ ハロー エフェクトは「本を出版している人」に限らず、採用試験をする際に有名校出身の人を無意識に「優秀」と思ってしまうのも同様です。もちろん、相対的に「有名校出身=優秀」ですが、採用試験に来た個人を確定することはできません。本の時と同様に出身校のことを意識的に忘れて、それでも優秀と感じるか?エフェクトを外す能力を身につけていただきたいと思います。

 

ポジティブ  ハロー  エフェクト