091 あなたも無関係でいられなくなる「麻薬」の恐怖

大物野球選手の逮捕で、TVや週刊誌などのマスコミでは「麻薬」の話題が広がっています。覚醒剤使用で3度逮捕され、計7年の刑務所暮らしをしてきた「田代まさし」さんは、著書『マーシーの薬物リハビリ日記』で、覚醒剤使用のきっかけについて次のように書いています。

 

・・・「仕事が減ってる今こそ『やっぱり田代は面白い』って思わせなきゃいけないのに」そんな時、ある番組ディレクターが「いい薬があるから使ってみない?」と勧めてきたのが覚醒剤だった。スランプに陥る田代の心に付け入るのは、たやすいものだ。「うわーっ何だこれ!?すっごく気持ちイイ!ギャグもどんどん浮かんでくるよ!スゴイ!」頭はスッキリ、滑舌も良くなり、トークはキレキレに!(なった気分に)「覚醒剤を使うと脳が覚醒して寝なくても疲れない。もう何でも出来るような気分になって、スーパーマンになったような感覚なんですね」・・・

 

このように、皆さんが想像しているような非日常的なシンジケートからではなく、何気ない普段の生活の一面から麻薬は忍び寄ってきます。ですから皆さんも、「私には無関係」と考えないでいただきたいです。

 

さて、ひとくちに「麻薬」といっても、その中には沢山の薬物があります。日本の薬物依存や薬物濫用を取り締る法律上の薬物の分類法律では、大麻・麻薬・覚醒剤の3つに分類されます。今回話題になっているのは、その中の覚醒剤です。

 

覚醒剤はもともと医薬品として開発され、一部の呼吸器系疾患の治療に使われていましたが、のちに甚大な副作用が見つかり、疾患患者には投与しなくなりました。田代まさしさんの著書にある通り、一時的に眠気がなくなり元気になる感じがする薬理効果は、軍国主義時代に重宝され、健康な人間を強制的に長時間休ませずに働かせる軍需工場を始め、睡魔が命取りとなる夜間の偵察飛行などにも利用されました。

 

覚醒剤ではありませんが、マリファナや LSDは、ベトナム戦争当時アメリカ軍兵士が使用し一気に広がりましたし、ヘロインやモルヒネも、精神的にも肉体的にも限界状態にある兵士を覚醒させるために利用されていましたが、日本においては、大東亜戦争後GHQのGI対策で非合法になりました。しかし、戦後の混乱期には軍事物資の横流しにより、「ヒロポン」等の商品名で薬局で販売されていました。

 

現在では”悪”の代名詞のように語られる覚醒剤は、そもそも悪人が私欲のために開発・販売し始めたわけではなく、今では覚醒剤を取り締る国家が、開発をし、使用を促進していたわけです。この「正義と不義」が、ある日を境に一転してしまうことに、改めて「正義とは何か?、不義とは何か?」ということを考えてしまいます。

 

さて、私たちの脳は、脳内の化学物質により、鎮静(麻痺)したり、刺激を受けて興奮したりを繰り返します。そしてこの「脳内の化学物質」により起こった、刺激や興奮を記憶して、じつは私たちは脳内の化学物質に依存しています。この脳内の化学物質と同様にも麻痺系(抑制系)と、興奮系(刺激系)があります。その麻痺系の代表はアルコール。興奮系(刺激系)の代表が覚醒剤ですが、カフェインやニコチンも興奮系(刺激系)の作用があるといわれています。

 

アルコールは、興奮系(刺激系)の覚醒剤やカフェインとは真逆の麻痺系の薬理作用があり、興奮作用を受けつつ、麻痺させる作用(麻酔作用)に至ります。そのため、アルコール依存症は家庭内暴力や育児・家事・仕事放棄の原因ともなります。

 

この麻痺系(抑制系)依存症になる方の多くは、過剰なストレス状態が続いる方で、免疫機能の低下、高血糖、自律神経失調症などの不調が現れます。さらに、血液循環が悪くなり、脳の神経伝達系にも異常が現れ、うつ状態になったり、過剰な興奮や落ち込みを繰り返す、そううつ状態に移行します。また、ストレスを解消するために食べ過ぎ・飲み過ぎ状態になり、やがて肥満やメタボリック・シンドロームなどに悩むことになります。

 

その対策として、血液循環をよくして、脳の伝達物質の機能を活性化し、神経の興奮を抑えることが有効であり、ポリフェノールが多く含まれているチョコレートや、テアニンやテオブロミンが多く含まれている紅茶やウーロン茶が有効との説があります。

 

覚醒剤などの興奮系(刺激系)依存症になる方の多くは、田代まさしさんのようにダイエットや疲労回復に大きな効果があるといった甘い言葉に誘われるケースが多いようですが、そうして覚醒剤を使用したヒトの脳内では、感情(情動)、睡眠、記憶に関係し、覚醒剤を使用することで、幻聴、幻覚や妄想(被害妄想)が起き、客観的に見ると錯乱状態に陥っている状態になります。

 

この覚醒剤使用によって脳内にできた一種の炎症は、どのような治療をおこなっても復元することはできません。風邪薬のような市販薬の場合は「ウォッシュアウト」という、服用を止めてしばらくすれば身体への薬の影響がなくなる作用があります。しかし覚醒剤にはウォッシュアウトの作用がありません。残念ながら一度摂取した薬物の影響が生涯身体に残ります。

 

また薬物の影響が生涯身体に残るだけでなく、トイレで覚醒剤を使用していたヒトは、そのトイレにあった芳香剤の香りを嗅ぐだけでフラッシュバックが起こったり、好きなアーティストの音楽を聴きながら覚醒剤を使用していたヒトは、どこかでその音楽を聴くだけでフラッシュバックが起こり、不快な妄想や幻聴、強い不安感などの症状に陥ります。そしてその症状から解放されたくて再び覚醒剤を使用します。

 

現在、薬物依存症リハビリ施設「日本ダルク」で生活する田代まさしさんは、“出所報告イベント”で「薬物依存は病気なんですが、特効薬が無いんです。だから回復のために色々プログラムを受けていても「ここで回復しました」っていうのは無いから。その一日一日を積み重ねていくしかない」*1 と語りました。薬物依存症の方には「これからは心を入れ替えます」というハッピーエンドはなく、生涯完治することのない病気であることを、広く皆さんに伝わることを祈念しております。

 

*1 田代まさし著『マーシーの薬物リハビリ日記』(2015年3月23日 泰文堂)

 

ウォッシュアウト作用