121 経営者にとって当然だが、社員にとって意外な「NO PROFIT NO BUSINESS」思考

先日とあるクライアント様から「名刺制作の依頼」をいただきました。先ずはフォント・レイアウト・カラーが異なるデザインを8点提出したところ、クライアント様から「もう少しシンプルなデザインを提案していただきたい」というご返答をいただきました。

 

これはよくあるご返答です。そのご返答を受け、新たなご提案6点のデザインを提出しました。ところが、クライアント様から「もう少しシンプルなデザインをお願いしたい」というご返答をいただきました。そこで、すぐにミーティングをお願いしました。その理由は「シンプル」という言葉の概念をクライアント様と弊社の間で一致させたいと感じたからです。

 

さて、弊社がデザイン製作のご依頼をいただいた場合、先ずは考えられるデザインのふり幅の両端のデザインやカラーのデザインをご提案します。事前にコンセプトが統一されていない場合は「黒いデザインと白いデザイン」「ゴシックと明朝体」など真逆のデザインをご提案します。

 

次に「黒ではなく白」「ゴシックではなく明朝体」などの返答があると「白い明朝体」のデザインで考えられるデザインのふり幅の両端のデザインやカラーのデザインをご提案します。こうして何度かのご提案を通して、ファンネル型にデザインを絞っていきます。同様に一つの名刺のデザインを決定するまで20点以上のご提案をすることも珍しくありません。

 

多数のご提案をすることは提案側にとって手間と時間が掛かるので嬉しいことではありまでんが、もっと嬉しくないのが、今回のようにファンネル型にデザインを絞ったはずが、振り出しに戻るように根本的なデザインの変更を依頼されることです。「もっと”かわいい”デザインにしてください」や「もっと”カッコいい”デザインにしてください」といわれてしまうと、どんなデザインを”かわいい”と思うのか?あるいは”カッコいい”と思うのか?を知るプロセスが必要になります。そして、このプロセスは容易なことではありません。

 

筑波大学芸術系 田中佐代子 准教授や筑波大学医学医療系 小林麻己人 講師などの学問領域を研究者が集う「サイエンスの視覚化」(サイエンス・ビジュアリゼーション)に関わる学問領域を研究するサイエンス・ビジュアリゼーション研究会の『人はデザインの何を「かわいい」と評価するのか?』*1 という報告では、かわいいデザインのイメージと物理特性を以下の通り論じています。

 

❶ 絵柄が整った形(配列)をしている。
❷ 絵柄同士が重なってはいけない 。
❸ 絵柄の大きさはさほど影響ない。
❹ 色彩は大きな影響がある。
❺ 特定の色彩よりトーンが大事。

 

確かに、とあるクライアント様からのご指摘は「絵柄が整った形(配列)をしていること」「絵柄同士が重なっていない方が良い」ということを「かわいくない」と表現されていたように感じました。

 

“かわいい”や”カッコいい”デザインにしてくださいと、クライアント様からご指摘をいただいて「そんな抽象的なことをいわれても判らない」というデザイナーさんも多いと思いますが、クライアント様の想いを知ろうという努力を怠らなければ、サイエンス・ビジュアリゼーション研究会の報告のようにアカデミックな分析方法も見えてきます。

 

一方のクライアント様の立場に立って考えてみると、違った解釈が見えてきます。デザインに関する権限を持つ担当者の主観で決めた”かわいい”デザインが本当に売上や利益に貢献するのでしょうか?それは必ずしもYESではないしNOでもない。言い方を変えれば、利益(PROFIT)に直接よい影響を及ぼす可能性が低いことにコスト(手間と時間)を掛けることになります。

 

これは経営者視点から見れば、望ましいことではありません。経営者視点で考えると利益(PROFIT)に直接よい影響を及ぼす可能性が低いことにコスト(手間と時間)を掛けるべきではないので、そこは迅速にデザインを決定して、一刻も速く客観的な意見を収集し、ネガティヴな意見が多ければ改良してゆくべきでしょう。社員視点では”良かれ”と思って進めていることも、経営者にとっては”悪しかれ”になってしまうこともあるので、デザインを検討する際はこの点に留意する必要があります。

 

さて、お話は変わりますが、先日LCC(Low Cost Carrier,格安航空会社)のPeach Aviation株式会社(ピーチ・アビエーション)代表取締役CEO 井上慎一 社長とお会いする機会がありました。「産業革新機構から出資を受けた経緯もあり本当にお金がなかった。CAを募集する広告費が25万円しかなかったから、25万円で団扇(丸い厚紙に指を入れる穴が空いているもの)を作って、そこに”客室乗務員募集”と印刷し、社長自らタスキをして道頓堀で通行人に配った」あるいは「自動チェックイン機を作るお金がなく、本体を段ボールにした。その変わりモニターを大きくして、後ろに並んでいる方に用意していただくガイダンスを流した」というエアラインらしからぬお話を聞きしました。

 

客室乗務員募集の団扇のお話は、当日のローカルTVに取上げられ100人の募集枠に対して4,000人の応募があり、段ボールのチェックイン機のお話は、チェックインにかかる時間を軽減し、他の国内LCCにも広がっているそうです。

 

いずれもデザインという視点から見れば”かわいい”や”カッコいい”とは言い難いですが、経営者視点で考えると利益(PROFIT)によい影響を及ぼす可能性が低いことにコストを掛けるべきではないという思考を通しておられました。この思考を井上 社長は「NO PROFIT NO BUSINESS」(利益なきところにビジネスはない)と表現されていました。

 

僕はこの井上 社長の「NO PROFIT NO BUSINESS」という言葉に強く感銘し、以降ビジネスのあらゆる場面でこの言葉を思い起こすように心がけています。何だか、人情味のない言葉に聞こえるかも知れませんが、経営者は自分の立場と責任を自覚し「企業を存続させる確固たる信念」が必要だと感じました。皆さんは、経営者視点ですか?それとも社員視点ですか?

 

*1 サイエンス・ビジュアリゼーション研究会(2011)『人はデザインの何を 『かわいい』と評価するのか?』

 

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