127 リオデジャネイロオリンピックで福原愛選手や吉田沙保里選手が謝罪した心理学的理由

日本中が感動と驚きに沸いたリオデジャネイロオリンピックが終幕しました。金メダル12個、銀メダル8個、銅メダル21個、合計41個と史上最多の素晴らしい記録を残しました。そのメダル獲得に貢献した福原愛選手や吉田沙保里選手が試合後に謝罪をしたことが話題になりました。

 

2000年のシドニーオリンピック、2004年のアテネオリンピック、2008年の北京オリンピックと3大会連続で出場した「為末大選手」が、8月20日に『日本選手はなぜ謝るのか/為末大学』というコラムをニッカンスポーツ五輪コラム「為末大学」で発表したことで、さらに「オリンピックでの謝罪」について注目が集まりました。為末大選手は記事のなかで以下の通り書いています。

 

日本の選手のインタビューは似通っていると言われるが、私はその一端に、この謝罪の要求というのがあるのではないかと思う。負けた原因を分析したら言い訳と批判され、純粋な感覚を表現すれば負けたのにヘラヘラしていると言われる。選手にとっては競技をすることが一番大事だから、変なことで社会から反感を買いたくない。結局、一番問題が起きにくい謝罪一辺倒の受け答えになっていく。*1

 

・・・しかし、私は為末大選手の意見に違和感を感じています。TVを通して福原愛選手や吉田沙保里選手が謝罪する様子を見て、彼女たちが為末大選手がいう「変なことで社会から反感を買いたくない」と考えて発言しているのではなく、純粋に本心で言っていると感じました。福原愛選手は試合後の2016年08月17日に自身のブログで『リオを終えて。』という記事を投稿しました。そのなかで以下の通り書いています。

 

ロンドンからリオへの四年間本当に苦しかった。怪我や体調不良などひとつクリアしたら次、ひとつクリアしたら次と重なり毎日苦しい日々が続きました。でもこの二週間は苦しかった四年間より更に苦しかったです。おなかが空くこともなければおなかがいっぱいになることもなく、何を食べても味がしない。勝つことでしか満足を得られることができず、練習している時だけ安心感を覚えました。リオオリンピックに向けての合宿もしんどかった。朝9時から夜9時以上練習しないと練習した気がしなくて、やりすぎだとわかっていても倒れるまで練習していました。*2

 

・・・この記事を読んでいると、こちらも辛くなり、試合後の謝罪は本心で言っていたという想いが高まり、試合前の「目標設定」が「金メダル」であったことが伺えました。この「目標設定」は福原愛選手や吉田沙保里選手のような一流アスリートに限らす、起業家や経営者などのビジネスマンでも「一流」と呼ばれる方々の多くは「目標設定」を公言しています。

 

ところで、1701年に設置されたアメリカコネチカット州の私立大学 イェール大学(Yale University)の研究チームが卒業生を対象に調査を行いました。その調査は、卒業生のうち何%のひとが「書きとめられた目標を持っているか?」というものでした。その調査の結果 5%の卒業生が”Yes”と答えたそうです。また、同時にイェール大学の卒業生以外に同様の質問をしたところ、その結果は僅か3%だったそうです。つまりイェール大学の卒業生は、それ以外のひとに比べ、倍近くが「書きとめられた目標を持っている」という結果が出ました。

 

そして調査から20年後に、20年前に回答ししたひとに対し資産状況の調査を行いました。その結果「書きとめられた目標を持っている」と答えた5%のひとの資産の合計額は「書きとめられた目標を持っていなかった」95%の人の資産の合計額よりも多くなりました。しかもその比較は約30倍になったそうなので驚きます。優秀といわれるイェール大学の卒業生であっても能力より目標によって結果が約30倍も変わりました。

 

この調査結果をアスリートたちの場面に置き換えて考えると「金メダルを獲得する」という目標設定をしているアスリートは、ほぼ同様の能力を持った選手と比較して約30倍「金メダルを獲得する」確立が高くなるという仮説も立ちます。

 

しかし「目標設定だけでは目標は達成できない」ことを、心理学者のスタンフォード大学のアルバート・バンデューラ(Albert Bandura)教授は「セルフ・エフィカシー(self-efficacy)」という理論によって提唱しました。このセルフ・エフィカシー(自己効力感)は未来予測的な自己評価や自己認知の一種であり「私は◯◯をすることができる、私は◯◯を達成するだけの力を持ってい」という認知様式として実感されるものであるという理論です。つまり「目標設定 + セルフ・エフィカシー(自己効力感)」によって目標達成の可能性が高まるということです。

 

認知療法では社会生活や対人場面において頭の中に自然に浮かんでくる思考を「自動思考」といいますが、福原愛選手や吉田沙保里選手は「金メダル」という高い目標設定と、「私は金メダルを獲得することができる」という高いセルフ・エフィカシー(自己効力感)によって「自動思考」化されていたと考えられます。そして、実際に金メダルを獲得できなかった現実に直面し、失敗の原因を自身の怠慢に帰属させ謝罪したのではないかと私は考えています。

 

ところで、目標設定と近い意味で使われる言葉のひとつに「コミット(commit)」という言葉があります。以前は外資系企業のビジネスマンが多用していた言葉でしたが、プライベートジムのRIZAP(ライザップ)のCM以降、多くの方が使う言葉になりました。コミットの意味を辞書で調べると、『① 関係すること。参加すること。かかわり合うこと。 ② 任せること。委任すること。委託すること。*3』とあります。ライザップのCMの「結果にコミットする」という言葉は「② 任せること。委任すること。委託すること。」の意味が強く「痩せることを責任をもってお約束します」という意味にとれます。

 

福原愛選手や吉田沙保里選手は、多くの方々に対して「金メダルを獲得することを責任をもってお約束します」とコミットしていたのでしょう。そして、そのコミットが達成されず謝罪しましたが、世論は彼女たちを責めることはありませんでした。

 

ビジネスの場面において最近コミットをするひとが減って来たと感じます。しかし、イェール大学の研究チーム調査の結果から考えると、コミットしないと成功の可能性は低下します。そして、コミットしたことが達成されなくとも、過程における努力が認められれば、責められることはないことを意識したうえで、今日から「やってみないと判りません」といったコミットしない言葉を捨て、積極的に「コミットする」ことをお勧めします。

 

*1 為末大(2016年8月20日)『日本選手はなぜ謝るのか/為末大学』ニッカンスポーツ五輪コラム「為末大学」
*2 福原愛(2016年08月17日)『リオを終えて。』福原愛オフィシャルブログ
*3 松村 明(2006)『大辞林 第三版』三省堂

 

127