005 バズマーケティングが起こる名刺

先日、書道家さんの結婚式にお招きいただきました。書道家さんはクライアントさんで、もう3年位お付合いをさせていただいています。お付合いを始めた頃は、会社員ながら趣味として書道をする、自称「リーマン書道家」さんでした。趣味ではなく副業として本格的に活動をしていきたいので「名刺」を作ってくださいというのが最初のオーダーでした。もちろんウェブ サイトなども作りたいけど、何分副業なので予算的に厳しいので、何とか名刺だけでも営業力のあるものを作って欲しいと要望されました。当然、サラリーマンですから書道家としては無名ですが、作品は素晴らしいものでした。これから出会う人に書道家として印象づけて、しかも素晴らしい作品を書けるということを伝えようと僕は考えました。

 

 書道家らしく書道半紙に近い風合の名刺用紙を選び、キレイなオリジナルフォントを作り、余白を生かしたデザインにしました。そこまでは、よくあるお話ですが、ここからが、ひょっとしたら日本でオンリーワンの名刺かも知れないアイデアです。名刺用紙の裏表を逆に使い裏面にお名前やご住所などを印刷して表面を無地にしました。そして、その無地の面に名刺をお渡しする方が希望する文字を筆ペンで書いてくださいとお伝えしました。さらに、パーティーなどに出かける際は、会場に入る前から筆ペンを胸ポケットに入れておいてくださいとお願いしました。 

 

その後、何度かその書道家さんとパーティーに参加したことがありますが、最初のお一人目はさすがにハードルが高く「私はサラリーマンながら書道家で、自称リーマン書道家です。よろしければお好きな文字を一文字書きます」と説明が必要ですが、最初の一枚目を書き終わる頃には、次の番を待つ人が現れ、その次の人の名刺に書き終える頃には列になることもありました。それで終わるわけではなく、珍しいので書いていただいた方は、FacebookなどのSNSに投稿をはじめるわけです。じつはこの時、書いていただいた相手には「返報性の法則」という心理作用が働いています。社会心理学者のロバート B・チャルディーニ博士は「返報性の法則」のことを「物をもらったり、恩恵を受けたり、親切にしてもらったりすると、人間は何かをお返しせずにはいられない気持ちになる、という心理傾向を指したもの」と論じています。

 

 こういう口コミを活用したマーケティングをバズマーケティングというんですが、まさしくこれが当初からの狙いでした。こうして、リーマン書道家さんはネットワークを広げていかれました。そうしていくうちに、誰もが知るアメリカの超メジャーバンドの関係者とお知り合いになり、その超メジャーバンドの日本公演の折に、毛筆でバンド名を書くというお仕事を獲得されました。その模様は日本テレビの「NEWS ZERO」で放送され、表参道や虎ノ門で個展ができるほど有名になりました。そして今回、鎌倉 鶴岡八幡宮で素敵な神前結婚式をされました。 

 

こう書くと、僕の考えた名刺のアイデアのお陰で、この書道家さんが成功されたように聞こえるかも知れませんが、それは違います。成功された要因は、僕の考えた名刺のアイデアではなく、どんなに大変な時でも、初対面の方に向けて「一筆入魂」の精神で書き続けてきたご本人の精神力と行動力にあります。ご本人も気づいていたと思いますが、何千人分の文字を書かれるプロセスの中で、練習にもなったし、人がどんな文字を好むのかというマーケティング リサーチを行なってきたということも大きかったと思います。 でも、最近「もう名刺に書くのは辞めます」とご連絡がありました。「自分の目指す書道家は名刺に安っぽく書いたりはしない」などと考えられたか、どなたかにアドバイスされたのではないかと僕は想像しています。折角「日本で唯一の名刺に書道する書道家」になったのに、そんなに簡単に成功の奇跡を消すのは余りにももったいないと思います。もし、皆さんがこの書道家さんだったらどうしますか? 

 

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